こまちの脳梗塞日記

穿通枝梗塞に2016年3月初旬になり、(当時43才)日に日に動かなくなり、最後には手も足も動かなくなり左半身麻痺〜(・・;)。その世界では結構有名?な先生から「脚はある程度なおるかもしれないけど、運動神経無いから腕は諦めて、新聞とか読むときの押さえることとかに使ってね♪」と言われてからのリハビリ日記なうw

過去ログ1 発病した時の話

やっとコピペのやり方がわかったので、前に書いていたmixiに載せていた昔の記録です。ほぼ無編集です^^;

機種変すると辛いわ( ̄▽ ̄;)

 

2016年7月の日記

 

入院中同室の人たち(69〜93才)や同じ病棟の患者さんたち(34〜99才だたかな?)ほとんどの方私もふくめ言っていたのが


「発病してから回復期に移動するまで記憶があいまいとかよく覚えていないとかハッキリしない。しゃべってリハビリしていたのに記憶がない自分が脳梗塞なのか脳出血なのかも教えてもらったハズなのに覚えていない」


などなど…
もちろん全部ハッキリ覚えている方もみえました。

自分の、事を少し書いておきます

 

日曜日の救急に主人といきました。
うまく歩けず、スリッパが左足だけぬげてしまうというのが始まりです。入院になるとは夢にもおもわず、ちょうどインフルエンザが流行っており、待合室で4時間くらい待ち、入院になるときいたときも、すぐに帰れるものと思っていました。

「通院じゃ駄目ですか?」

と看護士さんにきいたくらいです。
入院したときは全て動いていました。それが日に日に動かしづらくなり、握力はどんどんさがり最後にあった握力は3でした。数日後には左半身麻痺で指一本動かせなくなりました。

担当の看護士さんからそうなる可能性を聞いていたので「これか」と思うくらいで悲しいとかどうしようとかはまだその頃はありませんでした。
そして、病状が悪化していく間、(脳梗塞が進んでいく)物凄くイライラして自分が押さえられない感じでベッドの上で暴れまわっていて看護士さんや同室の人たちに迷惑をかけていました。
回復期で知り合った人たちも進行型のひとたちは意識不明でも頭をかきむしっていて手にミトンをはめられていたひとが多かったようです。
きっと脳みそに血液いかなくなって脳が死亡していくときや出血して脳にダメージがいっているの感覚なんだと思いました。