こまちの脳梗塞日記

穿通枝梗塞に2016年3月初旬になり、(当時43才)日に日に動かなくなり、最後には手も足も動かなくなり左半身麻痺〜(・・;)。その世界では結構有名?な先生から「脚はある程度なおるかもしれないけど、運動神経無いから腕は諦めて、新聞とか読むときの押さえることとかに使ってね♪」と言われてからのリハビリ日記なうw

どちらでもない。

たまーにおちいる精神状態の事。

とめどなくつらつら書いてみます。

 

私は自分は脳卒中麻痺の人たちの麻痺仲間のように思うのですが、じつはそこに私の居場所はない。

かといって健常者ほどうごけない。

 

年に1、2回だけど物凄い孤独感を味わっています。

これがよく言う「脳卒中麻痺を受け入れていく段階」なのかしら????

 

多分だけどもし、完全に受け入れたなら、私はこれ以上の努力も研究もなーんもしなくなると思う。

発病から言われ続けていた「若いからなおるのが早い」のなら、そのうちなおるんやろーし。

テキトーで十分。

 

なんというのだろう?

 

よくわからない、誰も理解してくれない同じ病気の麻痺の人ですら理解できない世界にいるのは孤独な感じ。

リアル家族に囲まれ、友人たちに助けられ日々すごしているから孤独ではない。

それでも孤独に感じるのはな何故だろう?

 

親身になってくれていたベテランPTさんでも、私の疑問に対する先生の答えに違和感を感じて、その事を指摘したりすれば、去っていく。

自分の意見が通らない事がいやだった。みたいな内容の連絡後日がきた。

 

私は自分の麻痺の研究や実験は

 

自分の身体なので自分自身が一番解る。

どうやったらわかるようになるのか?

から始め

リハビリの先生に教えてもらうリハビリ方法が生きてきた人生で似たような動き、シーンはなかっか?あったならその時の事をおもいだしながらやったり、

筋肉の造り、機能を教えてもらい

痛み痺れの出方と原因、健康側との違い、

血液の循環、リンパの流れ、脳の機能、神経、メンタル、自律神経、ツボ、などを広く浅く調べたり教えてもらいながら今までやってきています。

 

解ったこと。教えてもらったことをリハビリの先生と話し合いをしながら、日々色々なことを試しまくって今に至ります。

 

べつに他の患者さんとそういう話をしたいわけではないの。

 

なんなんだろう?

このなんともいいよのない感情を共有できるような仲間がいたらなぁ。

 

ここ2ヶ月世間で言うリハビリをしてないのがいけないのか?

リハビリの先生と話をしてないのがいけないのか?

引きこもりすぎているのがダメなのか?

 

自分がなにを目指しているのか解らなくなってきているのがダメなのか?

 

客観的に比べる指標がないのがまずいのか?

 

自分以外にこういう事ができる人を知らないのがダメなのか?

 

特殊な力があるから?と言われたことがあるので特殊な力のせいなのか?

 

こんな事を思っている時点で心が病んでいるんじゃかいか?と

心配になる(・_・;)

 

最近はまた、岩砂病院で受けた屈辱、恥辱、理不尽なひどい目にあったこと夢で見るようになった。

あの男性スタッフ。リハビリ病棟婦長、医者、一部看護士、スタッフ、院内で一番上の婦長。

この人たちに言われたこと。

やられたこと。

同じように辛い目にあって泣いていたり、どんどん顔色が悪くなっていったほかの患者さん達の顔。

ついさっきのことのように鮮明に蘇る。

 

心療内科の先生が言うには、この心の傷は一生消えないらしい(*´Д`*)

つまり、完全に忘れてしまうことが出来ない。

 どうやってこの傷を少しでも癒やしたらいいのだろう?

 

今も病院のホームページにはそいつらの笑顔の写真と心にもない一言が載っているのかなぁ~