komataroutanの脳梗塞日記

◯通枝梗塞(◯のところの字が難しすぎて読めません!)に2016年3月初旬になり、日に日に動かなくなり、最後には手も足も動かなくなり左半身麻痺〜(・・;)。その世界では結構有名な先生から「脚はある程度なおるかもしれないけど、腕は諦めて、新聞とか読むときの押さえることとかに使ってね♪」と言われてからのリハビリ日記なうw

離婚しない、できないのは?

夫との離婚を初めて考えたのは32才くらいの時。私が鬱になり、気がつくとどっかにいっちゃってて、なんで私こんなところにいるんだろ???

という生活になってからだ。

気がついたら死んでたなんて、あのころの私からしたら、シャレにならない。小さな子供が三人もいて、夫は企業戦士(死語?)単身赴任。

 

親族会議もした。

 

途中で私の母が倒れた。話し合いどころではなくなり、終了。

単身赴任だし、持ち家だし、核家族だから、別居しているのとかわらない。夫が帰宅するときは実家に帰っていた。

 

その後、夫が交通事故にあい、ヒビが治ったころには人がかわったようになっていた。

なので今日まで離婚しないできている。

 

大病をわずらい、入院中、医者に呼ばれるときだけ御見舞いにきた。家にかえってきてても来ない。

5ヶ月入院していて来たのは5回くらい。

友人は毎週きてくれた。子供たちも来れる限りきてくれた。

 

リハビリの様子も一切見に来ないから状態がわからないそうだ。

退院して帰宅したら勝手に単身赴任やめて帰ってきてた。台所も色々ものの場所を変えられて、なにがなにやらさっぱりわからなくなっていた。

 

そして、失敗とかする私を罵倒しつづけた。

「できないならなにもするな!」

「やるなら完璧に俺のいうようにやれ!」

私は極力なにもすることをやめた。

でもそれは夫の負担をふやすことになる。

私が部屋に引きこもって寝ていると、ふすまをものすごい勢いで開けてその音に驚いて毎日目が覚める。

つまり、イライラしているのだ。

 

そして私は思う。

仕事もできなくなって家庭でも居場所がなくなった。欲しいものも買えず、なんの役割も果たさず、ただ生きているだけならまだしも、この病気になって安定した温度の中にいないと動けなくなることがおおいので、ほぼ冷暖房つけっぱなし。

約立たずなうえに、お金ばっかりかかるという。

室内で飼われている犬か猫のようだ。

夫は気分で怒鳴られる。

入院費だって高額だった。あんなにお金かけてこの程度しかなおらないなら、あの時死ねたらよかった。

でもこんな大病をしても人というのはなかなか死なない。ほんと、死なない。

 

私は離婚したかった。

でもこんな私が実家に帰っても兄のところにいっても、子供が独立して一緒に出ていっても、結局約立たずのお金ばかりかかる厄介者のお荷物。さらにまだ半世紀も生きてないのだから、この状態があと何十年もつづくわけだ。

ちゃんと動く右手足があるのに、麻痺側も恐ろしく回復したのに未だに自分の存在意義をみつけられない。世の中のお荷物でしかない。

私と同じような人達は自殺しているらしい。ニュースでみた。40.50代の自殺がもっとも多く、病気を苦にしてが最多。

 

現80代くらいの、世代のひとたちは本当に我慢強い。特に女の人。

私にもそれができるのなら、離婚しないでここにいれるのだろう。

でも、ワガママな私には理不尽を理不尽といわずにはいられない。

 

そのへんを、大病したときに自分は死んでしまって新しい障害者人生というちがう人になったのだから、考え方もかえよう!なーんておもえない。

高齢者の皆さんと話す機会が増えて本当に色々思うところはある。

 

でも、今のところ私は私でしかない。

 

そんな偉そうなことを言いながら、生活保護をうけながら、今よりさらに不自由な生活をして子供にも会えなくなる生活に未来を見出す事ができない。

素晴らしいタイミングで生活保護の実態調査のような番組をつづけて見た。

ホント、最近のテレビはタイミングよすぎ。

 

結局。障害者になって働けないから誰かに100%養ってもらうしかなく、私の存在はお金ばかりかかる役立たずのお荷物。

そんな私が色々いうのはただのワガママでしかない。というところになってしまうんだろうなぁ。